東日本大震災のため一月遅れての入学式となりましたが、本日、東北大学教育学部に入学された70名の新入生の皆様、並びに大学院教育学研究科博士前期課程および後期課程へご入学・ご進学された53名の皆様をお迎えし、本研究科教職員一同心よりお祝い申し上げます。また、この度の大震災で被災された方々には衷心よりお見舞い申し上げます。
さて、皆さんが入学された東北大学教育学部は1949(昭和24)年5月31日、新制東北大学の一つの学部として創設されました。しかしながら、それに先立つ42年前の1907(明治40)年に東北帝国大学が建学され、初代総長は教育学の歴史に燦然と名を残す澤柳政太郎先生であり、そのとき以来の古き良き伝統が今日の学部に継承されていると言ってもよいでしょう。そして戦後定められた教育基本法には、民主的で文化的な国家の建設、世界平和と人類の福祉への貢献が謳われていますが、この理想の実現を「教育の力にまつ」と述べています。教育学部は、それまでの伝統の中に新しい使命を担って誕生し、爾来60年以上にわたって教育界をリードする研究者や教員、あるいは教育行政に携わる方々など幾多の優れた人材を輩出し、その数は6,400名を超えています。さらに大学院を加えると前年度までに修士(博士前期課程)課程修了者1,052名、博士(博士後期)課程修了者126名を数えます。
いまや世界は21世紀グローバル化の時代を迎え、ヒトやモノの移動が国境を越えることがあたり前となりました。そうした知識基盤社会の到来で、先進諸国はそれを支える優秀な人材を育成するため、教育政策をそれぞれの国における最優先課題と位置づけ真剣に取り組んでいます。教育学は人類社会の新たな課題に応えなければならない段階に入ったのです。本教育学部は、その教育理念として「教育に関する理論的基礎に支えられた専門的知識と技能を備え、現代社会が抱える教育の諸問題を総合的かつ体系的に把握し、その解決を具体的に推進しうる人材を養成します。」と掲げています。また、大学院教育学研究科においては、「教育に関する理論的基礎に支えられた高度な専門的知識と技能を備え、社会的要請を敏感に察知するとともに、自ら問題を発見し、教育に関する諸問題の解決を具体的に推進しうる人材を養成します。」と定めています。こうした理念に沿って、皆さんはこれからこの教育学部・教育学研究科において、この教育学の基礎理論を幅広く、かつ深く学ぶことになります。その内容は、教育哲学、教育史・思想、教育社会学、教育行政学、比較教育学、生涯学習論、スポーツ文化論、カリキュラム論、学習心理学、教育心理学、発達心理学、臨床心理学、発達障害学、教育設計評価論など、人文社会諸科学や医学の理論や方法を取り入れた総合的で体系的な教育課程で編成でされています。
しかし、大学での学びは現実に容易に答えが出せないものが数多くあります。格好の例がこの度の大震災です。大震災は我々人類に対し、情け容赦のない挑戦状を突きつけてきました。我々は、自然の恩恵を受けると共にその脅威に晒されていることを否応なく見せつけられました。また原子力発電にしても豊かなエネルギー供給への可能性の反面、代償としてのリスクの大きさといった二律背反性への解決を我々に切迫感をもって問いかけています。
教育の問題はさらに複雑です。科学的な解明を追究する一方で、教育の本質や目的、価値、様々な心の問題や倫理、文化、道徳、美、わざ、躾けといった、科学的研究だけでは解明の難しい課題も重要なテーマとなるからです。その上、専門的知識と技能を備えるだけで、現実の教育課題に応えることができるのか、言い換えれば活きた学問になるのかといった課題にも直面します。こうしたすぐには答えの得られない問いの解明に向けて、日々の基礎的・理論的な学習を積み重ね、辛抱強く諦めずに探究する強靱で挑戦的な意志が大切であることを強調したいと思います。そのために皆さんには、イデオロギーや性急な賛否や効率性に惑わされることなく、問題を自らのものとして真剣に悩み、課題を真摯に探究することで、客観的で公正な判断や本質的な解決への道筋の発見に努めて頂きたいと願っています。我々教員は今日という日から卒業・修了の日まで、皆さんのこうした学びを全力でサポートしていきます。
また、皆さんには東北大学の大変恵まれた教育研究環境を十分に生かしてその学びを進めて行って頂きたいと願っています。その1つは、本年度、学部学生304名、大学院176名に対して専任教員32名という少人数による行き届いた指導体制です。第2には本学が誇る附属図書館です。和漢書・洋書をあわせて3百万冊近くの蔵書があり、なかには「狩野文庫」「漱石文庫」あるいは国宝級の古文書や絵巻など貴重書も含まれています。伝統ある本学だからこそ皆さんに提供できる「知的遺産の宝庫」といえるでしょう。そして第3には海外主要大学との交流です。東北大学は世界の約30ヵ国150近くの優れた大学と全学学術交流協定を結んでいます。留学生も全学で約1,500人が学んでいます。教育学部はイギリスのロンドン大学やヨーク大学をはじめ、中国の北京大学、南京師範大学、韓国のミョンチ大学、ヨンセ大学、ウソン大学、台湾の台湾師範大学、台東大学などと学部間の学術交流協定を結んでいます。また本年度からアジアの主要大学との大学院レベルでの共同学位開発プロジェクトに着手しました。皆さんも、こうした革新的な研究を世界に向けて展開している東北大学の中にあって、例えば英語のみならず中国語や韓国語も積極的に学ぶことを通して、アジアの課題に立ち向かう広い視野を持った世界のリーダー的人材として育って行かれることを切望しています。
さらには大震災の被災地にあって、我々は新たな復興のビジョンを構想しながら、未来を展望し、学びと行動によって社会に貢献していかなければならないこともまた事実です。教育という営みは人類にとっての最古の発明でもあり、その基本的使命は「種の持続」の考え方、「生きる力」の発揚であり、人類の知の遺産を次世代へと継承しかつ人類社会の課題を果敢に切り拓いて行く変革と知の創造主体を創ることです。皆さんがこれから学び、探求して行く教育学は、まさにそれに応えるだけの可能性を秘めているのです。
最後にこれからの皆さんの学生生活が有意義で実り豊かなものとなることを祈って、入学お祝いの辞と致します。
2011年5月6日
東北大学大学院教育学研究科長・教育学部長
宮 腰 英 一
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